EVIDENCE / 本文
混ざりものの文章
することもなく机の前に坐っていると、世の中というものは、存外せわしなく出来ているらしい。こちらが何もしないでいる時ほど、向こうの方から、昔のことや、まだ起こってもいないことが、勝手に戸を開けて入ってくる。
窓の外では、夕方の雲が薄い銀色になって、電線の上をゆっくり流れている。雀が二羽、何事か相談しているように鳴いているが、もちろん彼らには人間の心配など関係がない。
そこで紙を一枚出して、頭の中を通り過ぎていくものを、そのまま書いてみる。書いているうちに、妙なことに気がつく。自分が考えているのか、言葉の方がこちらを考えているのか、だんだん分からなくなるのである。
鉛筆の先では、小さな黒い文字が次々に生まれる。その一つ一つが、夜空にまだ見えない星のように、遠いところでかすかに光っている。
人間というものは、ずいぶん忙しそうに生きている。けれども、ときどきこうして何もしないでいると、その忙しさの外側に、もう一つ大きな世界が静かに回っていることが分かる。
読みのヒント
気になった「語り口」と「たとえ」を、それぞれ別の色で探してみよう。